カジノの歴史をひも解きますと、そもそもはヨーロッパに起源があります。ルイ15世が王位にあった時代のフランスで、上流階級向けと庶民向けとに分かれた形で、賭博場が広まったとされています。さらに、フランス革命によって立憲君主政治が崩れ落ち、賭博の規制がなされなくなってからというもの、庶民の間で爆発的に広がっていきました。その後、賭博場を正式に公認する法律が制定され、あわせて、ギャンブルに対して課税する制度がスタートしました。以前のナポレオン帝政時代は、秩序維持のため、また、さまざまな理由でもって、ギャンブルを厳しく規制してきた経緯がありました。それが民衆による革命が起こって王政が打倒されると、たちまちギャンブルに対する制限が撤廃され、加速度的に庶民の間に流行するようになった、という経緯があります。

現代の世界で、最もカジノが盛んに行われているのはアメリカです。オンラインカジノで稼ぐというギャンブル性が魅力とされています。1931年に、ネバダ州でカジノが合法化されたことによって、ギャンブル人気に火がついて、一気に拡大を始めました。そして、1940年代には、ラスベガスがカジノを産業として大々的に打ち出した事実があります。1960年代後半tもなると、アメリカのニュージャージ州はじめ、スペインやオランダ、オーストラリア等々でカジノが合法化されました。現在では、120カ国を超える国で合法化されています。そして、それぞれの地の観光資源となり、同地での経済を支える産業としての重要な任務を担っています。中南米では、わずかながら毎年カジノの発展が見受けられます。中南米においても、カジノ施設による売上は目覚ましい伸長を示してきています。

アジア圏でのカジノ市場は、この10年間で、著しく高い普及率を示しました。最も顕著な結果が出ているのは、アジア太平洋地域であった、という報告がありました。マカオやシンガポール、韓国、フィリピンでの実績が、成長に大きく貢献していることは明らかです。現在は米国が最大の市場規模を誇っていますが、アジア太平洋地域での実績は、あとわずかのところにまで肉薄してきています。これから数年の間に、アジア太平洋が世界で最大のマーケットとなることも決して夢ではありません。そうなれば、豊かなエンターテイメント性に魅力を感じて、世界の多くの国や地域から富裕層が集まってくることは想像に難くありません。海外ではこのように市場が拡大しつつあるのが現実ですが、日本ではまだ合法化されていません。日本が海外との競争力を強化するためにも、早期の実現が求められるところです。